妻の病気について、子供たちには最後の方まで伝えませんでした。
病気が判明したとき、娘は中学1年生、息子は小学5年生でした。余命2年を告げられた日の帰りの車で、妻からは子供たちに病気のことは話したくないと相談されました。僕はそれを承諾し、病気のことを早めに知っていたのは僕のほかに妻の両親と妹だけでした。
子供に伝えたくない理由は3つほどあります。まずは子供たちの心の負担を考え、娘は2年後に高校受験を予定していること、息子は普段から人の生死などに敏感なこともあって話したくないと考えたようです。2つ目は、妻としては仕事も家事もこなす強い母親のイメージを残したいとの希望があり、病気のことを子供たちに話した後、日常生活で子供から心配されることが嫌だったみたいです。
そして、妻は最後の最後まで病気を治して克服する気持ちでいたので、家族に後ろ向きな話を伝えたくないのも大きかったと思います。自身で治療方法を調べてたり、同じ病気の人と情報交換したりしながら使用する薬を検討し、最後の方では治療よりも痛みの緩和を医師から勧められましたが、医師に喧嘩をするような勢いで迫り、最後まで治療を希望し続けました。
世の中では家族にも病気を告知し、家族全体で病気と闘っていく風潮にあることは僕も知っており理解しています。だけども、必死に生きようとする妻の姿を見ていた僕の考えは妻の意見を尊重することでした。子供たちや僕の親などには後に別の負担や心配をかけてしまうと考えましたが、後から償ったりフォローしたりすればいいと思い、妻の残された人生で希望することを出来る限り優先したいと思いました。
そして、子供たちへ伝えることがないまま、余命1ヶ月と別室で告げられたとき、相談員の方から「私たちだって知りたい」と書かれたパンフレットを渡されたときに、そろそろ子供たちにも伝えなければならないことを考えました。妻にも相談しましたが、必死に闘病を続けているなかで考えることも難しい状況になっていたことから、僕の考えで妻の死が近づいていることを家族に話すこととしました。
子供たちには、妻が自宅に戻ることを希望して退院してくる前の日の夜に、妻が戻ってくるが病状は深刻なことを告げました。ただし、子供たちは、「それでもいずれ良くなるんだよね」と回復することを信じており、うまく伝えることはできませんでした。
妻が亡くなる3日ほど前に、妻の母から葬儀の準備をした方がいいと言われ、子供たちは黒い靴を持っていないことから買っておくように言われました。僕もこれが亡くなる前に話をしっかり伝える最後の機会だと思い、子供たちを近くのスーパーに連れて行き、その駐車場で話すこととしました。子供たちは最初「黒い靴は別にいらない」と言っていましたが、強引に連れて行く僕を見て少し察していたのだと思います。残された時間はほんのわずかなので大事にして欲しいことと、妻が病気の話を知って欲しくないので、知らない素振りで接して欲しいことを話し、今後は僕がしっかり子供たちを育てるから自分たちの心配はしないように伝えました。娘は涙をこらえ、息子は泣きながらもしっかりと僕を見て了承してくれました。
家に戻った子供たちは、子供部屋ではショックで泣き止みませんでしたが、妻の前では普段通りの態度で最後まで接してくれました。息子は洗面所で涙が収まったことを鏡で確認してから妻に心配をかけないように笑顔で接してくれました。子供たちからすれば、もっと早めに知りたかったと思います。本当に申し訳なかったと思います。
家族への告知について、僕が病気になった場合は子供に伝えようと考えています。ただし、妻の病気については、今考えても同様にしていたかも知れません。当時、周囲の人や病気になった芸能人のニュースなど色々なところから、「家族に告知をしよう」的なプレッシャーがありました。けれども本人が話したくないと希望しているのであれば尊重してあげたい。自分自身の人生の終わり方も自由に決められないのは本当に可哀想なことだと考えます。



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